第3話 本格的に始まる朝
2日間お休みだった。入学式が金曜日だったからだ。
新しい環境で生活が始まるときは、ストレスが溜まる。
入学式の後に週末を挟むのは、緊張でこわばった体を休ませるにはちょうどいい二日間だ。
今日は月曜日。この5日間は長く感じるだろう。見るもの成すもの、初めてだらけだからだ。
8時45分、情けないチャイムの音が校舎に響き渡る。
この高校は開校して40年近くが経つ。その間、音響設備が更新されているはずなのに、どうしてこうもチャイムは古臭く聞こえるのだろう。
ガラガラ
こちらは歪みかけた扉も、本当に情けない音を立てて開いた。
「うーっす」
そして情けない挨拶をする男。轟である。
「本当は日直が挨拶をするんだけど。面倒だからウチのクラスはいいや」
面倒だから、というワードは教育上よろしいものなのだろうか。
「今日から君たちの新しい日常が始まる。3年間はあっという間、なんていうかもしれないけれども、始めたての頃は一日が長く感じる。くたびれるかもしれないが、頑張ってくれ」
「「はい」」
素直に挨拶を返す、1年8組生徒一同。(那賀川は寝ている)
「じゃ、君たちを強くするための最初のミッションを伝える」
生徒たちは、ふと思い出した。
轟は入学式後のホームルーム、つまり担任と生徒が初めて顔を合わせたときに「お前らを、強くする」と言い放ったのだ。
具体的にはどんなことをするか分からないが、このとき轟は初めて生徒に指示を出した。
「教科によって先生は変わる。中学校の時もそうだったかもしれないが、高校は一味違う。君たちが授業についてこれようとこれなかろうと、先生たちはマイペースで進める。字も汚い、何喋っているか分からないこともある。それに・・・」
轟は、ここで一呼吸入れる。
「・・・高校の教師は、クセがすごい」
自慢げにいう轟だったが、生徒は『轟』という存在を認識している以上、今更な感じもあった。
「それを踏まえて君たちには、先生にモノ言える人間になってほしい。文句は言ってもいいが、俺の肩身が狭くならないレベルでね。意見とか、顔色を伺いながらね」
もうそろそろ一時限目が始まる。でも轟は、最後に一言ビシっと締めくくった。
「強くなるための第一段階は、この学校の先生に勝つことだ。先生は、学校で一番レベルの低い相手だよ」
いきなり与えられたミッションが「先生に勝つこと」なんて、どういうことだろうか。
『先生』という存在は、学校においては絶対であるという存在なことぐらい入学2日目の彼らでもわかる。
「あんまり気にしなくていいんじゃね。あいつが言っていること、入学式の日から意味わかんねーし」
那賀川一木は後ろを振り向きながら言った。視線の先には、何度見ても不良と釣り合わない好青年。
「まあそうかもね。でもきっと、深い意味があるんだろうと・・・思う」
鉢本響は考え込むようにして言った。
「響はホント、どんなやつの言うことでも正面から受け止めるよな。そういう性格そんするぜ」
「イツキの言うこともちゃんと受け止めてるから、大丈夫だよ」
「こんなトゲトゲ頭の俺の言うことまで聞くんだから、響のこともよくわかんねーよ」
「不良の自覚は、それなりにあるんだね」
素直じゃないトゲトゲ頭と素直すぎる好青年の会話は、不思議とかみ合う。
その時だった。
「おっはよーーーーう!!!!アサイチだけど元気に始めよう!!!!みんな準備はいいかな????日直か号令係は決まっているのかな????まだ決まっていないか、始まったばっかりだもんね!!!!じゃあ僕やっちゃおう!!!!みんな、きりーーーーつ!!!!」
猛烈な嵐が突然現れては、いきなり疑問を抱き、そして自己解決した。
クラス一同、ポカンとしている。
あの那賀川ですら、教卓の前に立つ人物を視界にとらえては、目を丸くしたまま動かない。
「どうしたの????起立だよ起立!!!!元気ないね????最初が肝心だよ!!!楽しい一年間が始まるんだよ!!!!????」
少しふっくらしたおっさんは、窓ガラスを砕かんばかりの大声で、固まったクラスの表情を強引に揉みほぐそうとしている。
やがて一人、また一人と抜けた腰を入れなおすように立ち上がり、全員が立ったのを確認してから
「よしっ!!!!きょうつけ!!!!はじめまっす!!!!!!!!」
「「・・・・・・(ペコリ)」」
「ちゃくせーーーーーーーきっ!!!!!!!!」
すでに人生で一番疲れる授業が始まると、生徒たちは感じた。
「こ・・・これが・・・」
鉢本は思い出した。朝のホームルームで轟先生が言っていた言葉を。
「・・・・・・なぁ」
鉢本の前の席から、小さい声が聞こえる。
「さっき、轟の先公が言っていたよな」
那賀川もきっと自分と鉢本と同じことを考えていたのだろう。
「・・・・・・どうやってあれに勝つんだ?」
「・・・・・・わからないよ」
那賀川と鉢本は二人して、深いため息をついた。
それと同時に改めて認識した。
彼らの担任は、クラスの生徒にとんでもなくレベルの高いミッションを用意し、それを「学校で一番レベルの低い相手だ」と言い放ったことを。